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島根県の中央に位置する石見銀山遺跡(いわみぎんざんいせき、島根県大田市)は、戦国時代の後期から400年の歴史を持つ世界有数の銀鉱山遺跡です。現在は閉山していますが、日本最大の銀山でした。
石見銀山遺跡は今も銀山一帯に広葉樹などの森林が残され、それが特に評価されて2007年7月2日世界遺産に登録されました。石見銀山の登録物件としては、「銀鉱山跡と鉱山町鉱山」、銀山から港までをつなぐ「石見銀山街道」、銀を積み出した「港と港町」が「文化遺産」に登録されています。
銀鉱山跡と鉱山町鉱山
石見銀山遺跡の中心である銀鉱山跡には、多くの採掘跡や作業場跡のほかに、神社や山吹城跡など、お互いに関連するものがよく残されています。鉱山町は、北の大森地区と南の銀山地区に区分され、大森地区には様々な身分や職業の人たちが共存する町並みが展開し、銀山地区には寺院などの信仰の痕跡がよく残っています。
石見銀山街道
石見銀山街道は、鉱山町と港町を結び、銀や銀鉱石などの輸送路として活用された街道です。16世紀の前半に、銀山から鞆ケ浦への運搬路だったのが石見銀山街道鞆ケ浦道であり、16世紀の後半に銀山から沖泊への運搬路だったのが石見銀山街道温泉津・沖泊街道です。この両街道には、通行をスムースにするための道普請の跡や、通行の安全を祈った石碑や石仏などが残されています。
港と港町
石見銀や銀鉱石の積出港が鞆ケ浦と沖泊で、それと共に港町として発展したのが温泉津です。これらの港や港町には、自然環境を最大限に活用した土地利用の工夫を見ることができ、船舶の係留装置や神社、寺院のほか、16世紀以降の集落の土地利用の形態がよく残っています。